2010年06月16日

カミングアウトその壱

梅雨入りして暑くなってきました。

カミングアウトその壱ですが、本当は7月に入ってからの方が良かったかもしれません。でも、就活生活が長引くとモチベーションがどうしても下がってきてしまいます。頭の中では理解はしていても身体に怠け癖がついてくるようになりました。これではいくら自己分析ができた、目標が定まったと喜んでも自己満足だけで結果に結びつかないです。

そういったことも考えて、私が今迄の中で一番苦しくて毎日泣いていた頃をブログに残し、私自身への叱咤激励にしたいと思います。

あれは今から4年前の7月29日〜30日にかけての深夜のことです。
とは言っても自分では時間の記憶が殆どないので。

実家にまだ住んでいた頃ですが、家族の寝タバコが原因で自宅が全焼しました。前日の夜に飼っていたミニチュアダックス犬のくーちゃんと外で夕涼みをして、普通どおりに友人とメールをして眠ったのです。
余り寝つきがいい方ではない私ですがその時に限って全く異変に気付かなかった。

父に「火事だ!」と起こされ二階の部屋から外に出たのです。かなり火と煙でしたがやっと外に出た!家族は?全員いる。いや待って!くーちゃんがいない・・・

居間に一匹取り残され、鍵が掛かったゲージの中のくーちゃんは自分では何もすることが出来ず助けを待つしかなかったのです。
消防車が来るのがやたら遅かった!消防署の方に中に犬が、くーちゃんが残っていると私は叫びました。
人間ではないためか救出してくれず消火活動をしていました。たまらず、私は燃える自宅の中に飛び込みました。頭上から炎で落ちる天井や柱が落ちてきました。

誰かが私を外に連れ出したのです。「くーちゃんを助けて!くーちゃんがいる!」とお願いしても首を振るばかりでした。くーちゃん!と呼んだ時、空耳かもしれませんがくーちゃんの声が聞こえました。きっとあの時がくーちゃんの最期だったと思います。

熱くなってきて隣の親戚の家の台所で水道を借りました。腕や手の皮膚がボロボロと水と一緒に流れ落ちるのです。
救急車が到着し自分の足で乗りました。そこから余り記憶が無いのですが病院に到着し救急病棟に入院し応急処置をしたようです。

熱かった身体が逆に寒くなって「寒い!」と発したのですが声が出なかったです。声帯も火傷です。水が飲みたいと何とか看護婦さんにお願いしても、火傷の専門の医者の診察後でないと水はダメと言われ寒さと喉の渇きで苦しんだ。

今でも顔にはうっすらと火傷の痕があります。メイクをすれば全く気付かないです。腕にも有りますが何とか当時に比べると薄くなっています。当時は半袖を着るのがイヤでたまりませんでした。手の指にもかなりな火傷の痕です。

上京し回りは私が自宅火災で火傷をしたとは知らない人ばかり。火傷の痕に視線を感じ悲しかったです。


下着の一枚も私から無くなりました。Wワークをして上京資金を作り、衣類は友人からの援助でしのぎ自分でも一番頑張った日々だと思います。

あの頃の私は一体どこにいったのか???あらゆる困難に負けない!っていう意気込みがありました。


最近の私は怠けてばかりです。当時を思い出すと時が経ったとはいえ泣けてきます。その涙をバネにしないと!

仕事が無いという現実もそうですが、怠惰な生活をしてモチベーションを下げています。

今日のブログを毎日確認して明日から後悔しないよう就活に専念します。
posted by りょう at 21:05| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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